大判例

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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)11605号 判決

原告 曹成玉

右訴訟代理人弁護士 大島英一

右同 高橋保治

被告 土屋はる

〈ほか五名〉

右六名訴訟代理人弁護士 真木洋

右同 小倉重三

右同 小林茂美

主文

1  被告らは、それぞれ原告に対し金三二二万九、〇一四円五〇銭およびこれに対する被告沢田とみ江は昭和三九年一二月一六日から、被告吉田和子は同四〇年一月二四日から、その余の被告らは、同三九年一二月一七日から、各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2、原告のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その一を被告らの負担とする。

4、この判決は原告において被告に対し各金一〇〇万円の担保を供するときは勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、原告の求める裁判、「被告らは各自原告に対し金四、〇〇〇万円およびこれに対する被告沢田とみ江は昭和三九年一二月一六日から、同吉田和子は昭和四〇年一月二四日から、その余の被告らは昭和三九年一二月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、被告らの求める裁判、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一、請求原因事実のうち、本件土地とその近隣の約三八六坪の土地がもと土屋孫三の所有であったが、孫三が昭和二六年五月二九日死亡したので、被告らが同人を共同相続し右各土地の所有権を承継取得したことおよび八幡早助か右各土地を昭和一二年から孫三より賃借し、昭和三五年当時同地上に本件建物を所有していたことは当事者間に争いがない。

従って、被告らは孫三を共同相続することによって、八幡に対する右各土地の賃貸人たる地位をも共同で承継したことが明らかである。

二、≪証拠省略≫を総合すると、

昭和三五年一二月一八日、八幡は本件土地の賃借権を原告に、前記三八六坪の賃借権を寺田に各譲渡し(原告および寺田は譲渡代金として立退料名義で八幡に対し金一、〇〇〇万円を支払う約)、土屋いねが同日被告らを代理して(但し、代理権の有無は後に判断する)、原告および寺田から承諾料として権利金名義で坪当り金三、〇〇〇円の割合の金員の支払を受ける約束で右譲渡を承諾し、同時に右賃貸借契約はこれを合意解除したうえ原告との間で改めて本件土地につき、賃料一か月坪当り金一五円、期間二〇年、一回限り譲渡可能なる約定でこれを賃貸する旨の契約をし、原告より承諾料金三四七万四、〇〇〇円の支払を受けたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

三、そこで、原告はいねが原告らから右の行為をする代理権を与えられていたと主張するので判断する。

被告土屋はるは孫三の妻であり、その余の被告らはいずれも孫三と被告土屋はるとの間の長男で、かつ既に死亡した土屋正仲とその妻いねとの間の子であることは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によると、

被告土屋はるおよび同土屋全民を除くその余の被告四名は孫三の死亡前に孫三夫婦の養女として養子縁組をしていたこと、孫三の死亡後、その妻被告はるは既に老令で、しかもその他の被告らも年少であった(被告土屋全民は昭和八年、同吉田和子は同一〇年、同沢田とみ江は同一二年、同土屋禎子は同一五年および同土屋節子は同一七年各生まれ)ので、いねが家事に関することのみではなく、被告らが孫三から相続した本件土地、前記三八六坪の土地ならびにその余の約三、〇〇〇坪の賃貸地の賃料の取立、受領、賃料値上げの折衝等一切の管理を被告ら(但し、被告土屋節子は除く)の黙示の委任を受けこなしていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、先に判示したとおり、被告らが相続した当時本件土地には既に八幡のために賃借権が設定されており、しかも同人が本件建物を所有し本件土地を占有、使用していたのであるから、被告らが本件土地の所有権を取得したとしても、それまでの本件土地の使用状態を殆んど変えるものではなく、従って、いねのなした承諾行為およびそれに続く賃貸借契約の締結行為は被告らにとって格別不利益をもたらすものではないから、前記委任に基づく管理の範囲に含まれていたと認めるのが相当である。

次に前判示の事実ならびに≪証拠省略≫によれば、いねの右行為の当時、被告土屋節子は未成年であり、かつ孫三夫婦の養女であったことが明らかである。

しかして、同被告は当時孫三の死亡により養母である被告はるの単独親権に服していたものと推認される。≪証拠判断省略≫

従って、被告はるが同節子の法定代理人としてその財産管理等の代理権を当然有していたと解すべきところ、同はるが自らの管理権限をいねに委ねていたという前判示のような事実関係のもとにあっては、同時に同節子に代って本件土地を管理する権限をもいねに授与していたと解するのが相当である。

故にいずれにせよ、いねは被告らの代理人として前記の承諾ならびに賃貸契約を締結する権限を有していたといえるから、被告らは、原告に対し本件土地を使用収益させる義務があるといわなければならない。

四、ところで、その後本件建物の抵当権が実行され、福入商事株式会社が右建物を競落し、昭和三八年五月二日頃引渡命令によって同社が右建物およびその敷地である本件建物ならびに前記三八六坪の土地を占有するに至ったことは当事者間に争いがない。従って、その頃福入商事株式会社は競落代金を支払って本件建物につき所有権移転登記を経由したことが確認できる。

そこで、原告は、被告らは昭和三八年六月一四日頃右会社に本件土地を賃貸したと主張するところ、これを認めるに足る証拠はない。

そして、次に、原告は、被告らは、右日時頃八幡の右会社への賃借権の譲渡を承諾したと主張するところ、右事実は当事者間に争いがない。

しかして、福入商事株式会社がすでに本件土地上の建物につき所有権移転登記を経由しているのであるから右争いない事実によると右日時頃被告らの原告に対する本件土地を使用収益させる債務は履行が不能となったものと考えられる。

五、そこで、まず被告らの錯誤の抗弁を判断する。

1  抗弁1について

前判示のとおり、被告らは八幡の原告に対する賃借権の譲渡を承諾したのであって、原告が主張するように、原告に本件土地を新たに賃貸し、かつ八幡との間の賃貸借契約を同人と合意解除したのではない。しかしながら、ひるがえって考えると、確かに被告らが右譲渡を承諾した当時には既に前認定の如く本件建物には抵当権が設定されていたのであるから、その抵当権を設定した八幡がその敷地賃借権のみを原告に譲渡してその権利を失い、抵当権の基礎を失わさせることは、賃借権を放棄したり、あるいは被告らとの間で賃貸借契約を合意解除するのと同じく、譲渡による権利消滅をもって抵当権者、建物競落人に対抗できないと解するのが相当であるが、代理人たるいねが承諾するに際し、八幡の原告に対する賃借権の譲渡が競落人に対抗できると信じ、かつ信じたが故に承諾したとしても、それは承諾という法律行為をするに至った動機にすぎず、その点の錯誤は動機のそれにすぎない。従って、それが相手方に表示されていない限り法律行為の内容に関する錯誤とはいえないが、かかる表示が相手方になされたと認めるべき証拠はないから、被告らの抗弁は失当といわねばならない。

2  抗弁2について

≪証拠省略≫によると、八幡が原告へ賃借権を譲渡するに先だち、いねを訪ね第三者に賃借権を譲渡したいが承諾してくれるよう依頼した際、いねは本件土地の時価に見合うと考えた坪金五、〇〇〇円の承諾料の支払を求めたものの、八幡から坪金三、〇〇〇円にまけて欲しいと懇願されて八幡への同情からその依頼どおりそれを坪金三、〇〇〇円にすることとして内諾したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうだとすれば、いねとしては坪金三、〇〇〇円の承諾料では時価に比して安価であることを十分承知してそれにもかかわらず八幡の要求をのんでいるのであるから、いねが右金員で承諾した点につき内心の意思と表示とに不一致があったとは当底考えられない。従って、被告らの右抗弁も採用しない。

六、そこで、原告の蒙った損害を検討する。

1  一般に履行不能による損害の賠償(填補賠償)額は、履行不能時(本件では、原告は右日時をもって賠償額算定の基準としているので、以下この時点のみを念頭に置く)における目的物の有する交換価格といえるが、そもそも賃借権なるものは対人的な権利であるから、その賠償額を算定する場合賃貸借契約の内容ならびにそれに附随する賃貸人、賃借人間の特別な事情を全く無視し去ることは許されないというべきであり、かかる契約内容等を加味して客観的に評価される賃借権の価格こそが履行不能により賃借権を失った者の損害と解するのが相当といえる。

2  ところで、これまでに判示した事実によると、原告といねとの合意による承諾料は坪三、〇〇〇円の割合のものであり、かつ実質的にみると右承諾料は権利金たる性質を兼ねていたと解せられる(なんとなれば、原告は八幡の賃借権を譲受けると同時にいねとの間でその賃貸借契約を合意解約したうえ、新たに期間二〇年、賃料坪金一五円、一回譲渡可能なる内容の賃貸借契約を締結しているからである)。しかるに当時本件土地の時価相当の承諾料は坪金五、〇〇〇円であったし、更には≪証拠省略≫によると、当時の権利金の時期は坪金八、〇〇〇円であったことが認められるから、原告は時価よりも二分の一から三分の一も安価な承諾料(権利金)で本件土地の賃借権を取得するに至ったことが明らかである。

また、≪証拠省略≫によると、原告は契約日である昭和三五年一二月一五日に金一、〇〇〇万円を持参し、うち金三四七万四、〇〇〇円を承諾料としていねに支払い、残金を八幡に対し譲渡代金の一部として支払ったのみで、それ以上の金員は事実上支払っていないことが認められる。とすれば、原告としては全体的にみて金一、〇〇〇万円の対価を支出して賃借権を取得したともいえる。しかるに≪証拠省略≫によると、右日時の本件土地の賃借権価格は約金三、〇〇〇万円であったことが認められるから、これと対比しても原告の賃借権取得の対価が三分の一も安価であったことが窺えるところである。

3  そこで、右承諾料(権利金)の点につき、原告は、現実には本件土地上に本件建物があって直ちに原告が本件土地を使用できず、原告自らが本件建物を競落するか、もしくは建物競落人から本件建物を買取る等の必要があったから、そのために更に少くとも金一、〇〇〇万円の支出が契約時予想される状態であったから坪金三、〇〇〇円の権利金でも決して著しく安価ではない、と反論する。確かに≪証拠省略≫によると、原告は、契約当時本件土地上に抵当権付の本件建物があることを知りながら、自ら約金一、〇〇〇万円程の費用で本件建物を競落したりして現実の本件土地の使用を確保する意図のもとにその賃借権を取得したことが認められるが、その実現が確実であったかどうかは疑わしく、現に原告は本件建物を競落することができず、また被告らの債務不履行の時までに競落人たる福入商事株式会から本件建物の買取ることもしなかったりして、結局予想された金一、〇〇〇万円の費用を負担せずにすんだ(八幡への譲渡代金の残額も支払った形跡がない)のだから、履行不能時の賃借権の価格を算定するに当っては、畢竟前項に説示したとおりの事実を動かしえないと解する。

4  以上のような事情を考慮すると、本件土地の賃借権の価格はその時価の三割と評価するのが相当である。

しかして、≪証拠省略≫によると、履行不能時たる昭和三八年六月の本件土地(本件建物付)の価格は金六、四五八万二九〇円であることが認められるから(同鑑定書には右の価格を金七、九一一万八五五円と記載されているが、これは明らかな計算違いである)、右価格の三割に当る金一、九三七万四、〇八七円が履行不能時における本件土地に対する原告の賃借権の価格であり、従って、被告らの債務不履行によって原告は同額の損害を蒙ったといえる。右認定に反する≪証拠省略≫は、前示のような事情を無視した賃借権の価格であるから、採用できない。

七、ところで、原告は右金一、九三七万四、〇八七円を被告らが各自支払う義務があると主張するが、履行不能による填補賠償としての損害賠償債務は可分債務であるから、他に特段の事情がない以上被告らが各自平等の割合でその履行の責を負うにすぎない。そして、本件債務につきこれに反する合意の成立等特段の事情の存在につき何ら主張立証がないから、被告らは右金一、九三七万四、〇八七円の六分の一に当る金三二二万九、〇一四円五〇銭を各自支払う義務があるにすぎず、従って、原告の右主張は理由がない。

八、以上のとおりであるから、被告らは各々原告に対し金三二二万九、〇一四円五〇銭とこれに対する本件記録によって明らかな本訴状送達の日の翌日(被告沢田とみ江は昭和三九年一二月一六日、同吉田和子は同四〇年一月二四日、その余の被告らは同三九年一二月一七日)から各自完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。

よって原告の請求は右の限度で理由があるから認容すべきであるが、その余の請求部分は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九三条本文を、仮執行の宣言については同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田辰雄 裁判官 渡辺卓哉 大沢巌)

〈以下省略〉

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